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名古屋地方裁判所 昭和26年(ワ)867号 判決

原告

野口義一

被告

永井金三郎

主文

被告は原告に対し金参万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は拾分しその壱を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は原告において金壱万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告が肩書地所在の原告現住家屋の階下で菓子、佃煮、乾物等の販売業を妻名義で営み、被告が昭和二十三年十二月頃からその二階に居住し(このことは当事者間に争がない。)第一生命保険株式会社の指導部長として勤務していたところ、昭和二十五年九月頃原告が被告に対し既に二階の明渡期限がきていると称して二階の明渡を請求し、同時に原告が立替えたと称する被告の電気料、水道料の支払を請求したことから、両者の間に意見の衝突をきたし、感情的に対立し、遂にはくみ合の暴行沙汰に及ぶほど両者の間は険悪な状態にあつたことは、成立に争のない乙第一ないし第三号証、証人野口久子の証言及び原告本人訊問の結果によつて認められる。

かかる状態にあつて、(一)同月二十二日被告は表通りに面した二階戸袋に「当家競売ス 建坪二拾八坪二合 御用ノ方ハ二階永井迄云々」(縦三尺横二尺位の紙に墨書)なる貼紙を、(二)同月二十三日「野口氏夫妻は自己の非を覆わんが為に何等の罪なき人にまで虚言を持つて小生の信用を害し、剰さえ今回小生を刑事、民事両部え主客顛倒の告訴をせしに依り其の真相わ公判にて自ら判明す然るに野口氏は今尚悪因果関係の同志を取込み如何にも最もらしき巧な虚言を以て他人を眩惑し自己満足は笑止の限り弱き犬は吠える 何卒片口を聞き迷わされぬ様に右は公判にて全貌曝路す 云々」と縦三尺横五尺の紙に墨書した貼紙をそれぞれ掲示したことは被告もこれを自認しているところであり(もつとも原告は叙上(二)の文言中「自己の非」とある部分は「自己の罪」と書かれていたと主張しているが、成立に争のない甲第八号証によれば「自己の非」と書かれたものと認められる。)

右甲第八号証、成立に争いのない同第一、二号証、同第七号証、同第九号証、乙第二号証、証人野口久子の証言及び原告本人の訊問の結果を綜合すれば、右貼紙が雨風によつて用をなさなくなつたときは大体右同趣旨の文言を記載したものを貼かえていたこと、(三)更にその頃なお、「無垢の学生を堕落に誘導する店はどこか御通知を乞ふ」と墨書した貼紙をしたこと及び(二)の貼紙に関し原告から被告を告訴し、名古屋地方検察庁において一旦不起訴処分にしたが(以上は当事者間に争いがない)検察審査会の決議に基き被告は起訴せられ昭和二十八年五月十四日罰金千円の有罪判決が確定したことが認められる。以上認定に反する被告本人訊問の結果は信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の外に、原告の名誉、信用を毀損したものとして原告の主張する被告の貼紙、喧伝行為についてはこれを認めるに足りる証拠がない。

ところで、前記認定の貼紙中(一)の「当家競売ス 云々」はそれ自体当然原告を名指し又はこれを諷刺しその名誉信用を毀損する趣旨の文言とは見られないし、被告本人訊問の結果によつても当時叙上家屋につき所有者と被告との間に売買の話がなされた事情が伺われるから、これを以て直に原告を諷刺しその名誉信用を害する意図でなされたものと断定することはできない。然しながら(二)(三)の貼紙は原告夫婦を名ざし又は暗にこれを諷刺し、両名を非ぼうし、又は侮辱する文言をその家屋の二階から人目につきやすい表道路に面して大ぎように貼紙をし、その奇異な貼紙に驚く一般公衆の注意をあつめ、原告夫婦の名誉、信用を害する喧伝をなし以て原告の名誉並に営業上の信用を毀損したものといわざるを得ない。

そこで右名誉並びに営業上の信用を毀損されたことによつて原告の蒙つた精神的損害について考えるに、成立に争のない乙第一、二号証証人野口久子の証言及び、原被告各本人訊問の結果によれば、原告には特別の資産はなく、前記名義の営業による利益によつて生計を維持しており、その営業上の売上が一日平均五千円内外、内純益が金千三百円ないし千五百円であつたところ、被告の前記行為によつて売上金、純益とも半減し、一時は原告が堀越商事会社に勤めて漸く生計を維持するほどであつたが、既に現在は大体元に回復していることがうかがわれ、一方被告は金三十万円程度の資産を有し、長年第一生命保険株式会社の指導部長として一ケ月金一万五千円位の収入があつたが、昭和三十年七月に退職し現在は定職についていないことが認められる。右認定の事実及びその他諸般の事情を考慮して原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は金三万円を以て相当と認める。然らば被告は原告に対して右慰藉料金三万円を支払うべき義務があるこというまでもない。

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は右金員を求める範囲において正当として認容し、右範囲を超えるその余の請求部分は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 木戸和喜男 小沢博 渡辺卓哉)

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